【発達と生化学】妊娠中のストレスと有害物質が子の脳に与える影響
発達障害(神経発達症)は、かつては「生まれつきの遺伝的な要因がすべてであり、環境や育て方は関係ない」と考えられてきました。
しかし、近年の最先端の科学は、その常識を大きく覆しています。
遺伝子の働きが、妊娠前からの環境や母親の暮らし方によって後天的に左右されることが分かってきたのです。
今回は「生化学×教育」の視点から、子どもの脳と心の発達をきめる重要な鍵である「エピジェネティクス」「胎盤を通る毒素」「腸内細菌」の3つのファクターについて解説します。
1. 遺伝子のオン・オフを決める「エピジェネティクス」
私たちは「子どもの能力は遺伝子(設計図)で全て決まる」と思いがちですが、実際はそうではありません。
DNAという設計図そのものは同じでも、その情報を「オンにするか、オフにするか」を決めているスイッチが存在します。
この仕組みを研究する学問がエピジェネティクスです。
DNAも、このスイッチをコントロールする物質も、すべて「タンパク質」でできています。
原子・分子単位でこれらがどう分解・合成されるかによって、遺伝情報のコピーのされ方が変わり、子どもの心や体に変化を与えます。
だからこそ、日頃から十分な量のタンパク質を摂取し、正しく代謝できる身体にしておくことが基礎となるのです。
親のストレスは子どもに遺伝する
驚くことに、出産前に親が受けた精神的ストレスは、DNAの配列そのものを変えることなく、エピジェネティックな修飾(スイッチの切り替え)として子どもへと遺伝することが研究で分かっています。
しかし、希望もあります。
仮にそのような修飾を受けて生まれてきたとしても、出産後に深い愛情を持って育てることで、エピジェネティックな修飾を受けにくく補正していけることも、同時に実証されています。
2. 胎盤を通過する有害物質と、生体膜の重要性
妊娠前からの食事や暮らし方は、産後の子どもの能力を非常に大きく左右します。
現代は、
食品添加物
トランス脂肪酸
電磁波
化学薬品
ミネラルやビタミンが削ぎ落とされた偏った食事
など、胎児の脳に悪影響を与えるリスクに満ちています。
本来であれば、胎盤がフィルターとなってブロックし、栄養だけを胎児に届けるべきですが、現代の環境では「行ってほしくない有害物質が胎盤を通過してしまう」という事態が起きています。
胎児の脳をこれらの有害物質から守るためには、あらゆる細胞の膜(生体膜)の質を高めておく必要があります。
そのためには、コンビニ弁当やファストフードを避け、細胞膜の材料となる良質な脂質やミネラルを妊娠前からしっかりと満たしておくことが不可欠です。
私たちができるアプローチはシンプルです。
へその緒を通して、胎児に有害物質を入れない食生活をすること
家庭内の言葉遣いや場の雰囲気なども含め、外部からのストレスから母体を守ること
この原理原則を守ることなのです。
3. たった1つの菌が「ストレス耐性」を2倍に変える
脳の発達だけでなく、子どもの「メンタル(心の強さ)」もまた、生化学的なアプローチで形作られます。
それを証明する有名な実験(九州大学などによる研究)があります。
腸内が無菌状態のマウスと、通常の腸内細菌を持つマウスに同じストレスを与えたところ、無菌状態のマウスは通常のマウスの「2倍」もストレスホルモンを分泌し、過剰に恐怖や不安を感じることが分かりました。
驚くべきはここからです。
この過敏な無菌マウスに「ビフィドバクテリウム・インファンティス」という、たった1種類の腸内細菌を定着させただけで、ストレス耐性が通常のマウスと同レベルにまで落ち着いたのです。
お腹の中にいるときの胎児の腸内は無菌状態です。
生まれてから乳幼児期にかけて、いかに豊かな腸内細菌バランス(フローラ)を育てていけるかが、一生ものの「折れない心」をつくる基盤になります。
細胞環境は変えられる
子どもの発達の難しさや、育てにくさ、学力の伸び悩みに直面したとき、「遺伝だから」「生まれつきだから」と諦める必要はまったくありません。
食べ物、環境、そして親の関わり方を変えることで、遺伝子のスイッチは良い方向へと切り替わっていきます。
まずは、母親の身体とお腹の中の細胞環境をクリーンに整えることから始めてみませんか。
Cryan JF, O’Riordan KJ, Cowan CSM, et al. The microbiota-gut-brain axis. Physiological Reviews. 2019;99(4):1877-2013.
(腸内細菌と脳・神経・免疫との関係をまとめた代表的な総説)
Kang DW, Adams JB, Gregory AC, et al. Microbiota Transfer Therapy alters gut ecosystem and improves gastrointestinal and autism symptoms: two-year follow-up. Scientific Reports. 2019;9:5821.
(自閉スペクトラム症に対する腸内細菌叢移植療法の2年間追跡研究)
Ross FC, Patangia D, Grimaud G, et al. The interplay between diet and the gut microbiome: implications for health and disease. Nature Reviews Microbiology. 2024.
(食事と腸内細菌叢が健康や疾患に与える影響についてのレビュー)
Korteniemi J, Karlsson L, Aatsinki A. Systematic Review: Autism Spectrum Disorder and the Gut Microbiota. Focus (American Psychiatric Association Publishing). 2024.
(自閉スペクトラム症と腸内細菌叢に関するシステマティックレビュー)
Su Q, Wong OWH, Lu W, et al. Multikingdom and Functional Gut Microbiota Markers for Autism Spectrum Disorder. Nature Microbiology. 2024.
(自閉スペクトラム症に関連する腸内細菌叢の特徴と機能についての研究)
Revealing the Gut Microbiome Mystery: A Meta-analysis Revealing Differences Between Individuals with Autism Spectrum Disorder and Neurotypical Children. BioScience Trends. 2024.
(自閉スペクトラム症児と定型発達児の腸内細菌叢を比較したメタアナリシス)
Sudo N, Chida Y, Aiba Y, et al. Postnatal microbial colonization alternates the hypothalamic-pituitary-adrenal response for stress in mice. The Journal of Physiology. 2004;558(1):263-275.
(腸内細菌の有無が初期の脳発達やストレス応答に与える影響についての研究)
Saito H, et al. Transplacental transfer of mercury in pregnant women. Journal of Toxicological Sciences. 1985.
(妊産婦における水銀などの有害物質の経胎盤移行に関する研究)
Meaney MJ, et al. Epigenetic programming by maternal behavior. Nature Neuroscience. 2004.
(母親の養育環境や愛情がエピジェネティクスを介して子のストレス耐性を変える仕組みに関する研究)